No.12 −ダイアモンド− 前編





◎ダイヤモンドはどうして生まれたのか
−最新の「地球深部二段階説」−


 この地球上に存在する物質のなかで最も固い物質(硬度一〇)で、かつ現在では最も高価な宝石がダイヤモンドである。Diamondの語はギリシア語で“打ち勝ちがたい”という意のadamasからきている。しかし、このダイヤモンドは今だに多くの謎に包まれた宝石なのである。というのは他の物質の生成がほぼ解明されているのに、ダイヤモンドだけは、どこで生まれたのかが解明されておらず、いまだ諸説紛々の状態であるからである。
 しかし近年、アメリカ・イギリスの科学者と日本の東大教授で地球物理学の小嶋稔氏らが、「地球深部二段階説」という新説を提起し、注目を集めているので、その要点を紹介しておこう。
 ダイヤモンドには極(ごく)微量のヘリウム・ネオン・アルゴンが含まれており、その含有数値は地球のどんな岩石の数値より多いという。地球が生まれるのには隕石が大きな役割を果たしたと考えられているが、ダイヤモンドに含まれる前記の希ガスは隕石よりも多い。ということは、ダイヤモンドは、地球創成期の希ガスを抱えていることを意味していると考えられる。
 また、ダイヤモンドには立法体型の真中に八面体の核があることが判明し、「核と外側の結晶は別の場所で成長した」との説がアメリカ・イギリスの学者から一九八七年に発表された。



 小嶋教授はこの説と自分の研究を総合して「マントル (地球の地殻の下部を構成する層)が部分溶融するとマントルを構成する鉱物の結晶から、アルゴンのような希ガスが出てくる。立方体型のダイヤモンドの外側の部分の結晶が成長するとき、この濃縮された希ガス(ヘリウム、ネオン、アルゴン)を取り込んだ。……普通の八面体ダイヤモンドは下部マントルで成長、外側の立方体はマントルが部分的に溶融している上部マントルで成長したのでは」と推論している。
(朝日新聞一九八九年三月一一日号「ダイヤの故郷に新説」より)



 このような地球深部で出来たダイヤモンドはどうして地球の表面部まで上昇してきたのだろうか。これについても定説はないが、地球の核から立ちのぼる「ホットプリューム」という熱い物質に混じってやってきたのではとの説が唱えられている。
 このようにして地球表面部にのぼってきて固まった岩石が青色の硬い岩石=キンバリー岩(最初に南アフリカのキンバリーで発見されたためつけられた名)であり、現在地球上で産出されるダイヤモンドはすべてこの岩石のなかか、それが数百万年を費して風化浸蝕され、川岸や海岸に流れついて堆積した漂砂鉱床から産出されているのである。

◎ローマ帝国とダイヤモンド

 ダイヤモンドに関する最初の記録は、旧約聖書に記されたものであった。最も古いものは『出エジプト記』にみられるが、『エレミヤ書』第一七章には「ユダの罪は、鉄の筆、金剛石(ダイヤモンド)のとがりをもってしるされ、彼らの心の碑と、祭壇の角に彫りつけられている」とあり、ダイヤモンドが非常に固い物質で祭壇(真鍮でできていた)に文字を刻むのに用いられていたことが分かる。その他の記述は、ダイヤモンドが装身用の宝石として用いられていたことを示している。
 ローマの偉大な博物学者プリニウスは、その三七巻におよぶ著書『博物誌』のなかで、ダイヤモンドについて興味深い話を紹介している。ダイヤモンドの研究者砂川一郎氏の要約を引用しておこう。



 さてプリニウスによると、ダイヤモンドは東洋のただ一か所、人間が近づくことは絶対にできない深い谷間の底にだけ産する。原住民でもその谷底までおりて行くことはできないので、彼らは、山の上から谷底をめがけて腐肉の塊を投げ込む。この肉塊にダイヤモンドのかけらが附着する。この肉塊めがけて鷲が飛びかかってゆく。鷲は、肉塊を山の上の自分の巣まで運ぶとともに、これに附着したダイヤモンドも、山の上まで運ばれる。こうして、鷲の巣のまわりには、ダイヤモンドがちらばり、土人たちは山頂まで登って行って巣のまわりにちらばったダイヤモンドを拾い集めてくるのだという。」
(砂川一郎『ダイヤモンドの話』岩波新書)



 これを読んで、どこかで聞いたことのある話だと思われる人も多いであろう。『アラビアン−ナイト』のシンドバットの冒険のなかの有名な物語りと全く同じである。イスラム文学の最大の傑作である『アラビアン−ナイト』は、イラン、インド、ギリシア、ローマなどで語り継がれた物語を集大成したものであることを、このダイヤモンドの話ひとつからも実感できよう。ローマではダイヤモンドはインドから、絹は中国から輸入され、もっぱら上流階級の貴婦人の身を飾るのに用いられた。

◎インドとダイヤモンド

 さきの引用中の「東洋のただ一か所」とあるのはインドのことで、一八世紀にブラジルでダイヤモンド鉱床が発見されるまでの数千年間、インドは唯一のダイヤモンド産出国であり、輸出国でもあった。ムガル帝国時代にインドを訪れたフランスの宝石蒐集家タベルニエによると、ベンガル湾に注ぐクリストナ川流域のゴルコンダ地方のコウロウ鉱山では、六万人もの労働者がダイヤモンドの採掘に従事していたという。インドは現在でも多くの宝石を産出する国であるが、ムガル帝国時代の王宮や寺院(タージマハール廟など)は壁面にまでルビーやメノウなどの宝石をはめ込んだ装飾をほどこしていた。
 インドのダイヤ産地はすべて地質学でいう漂砂鉱床であったが、このゴルコンダ地方の鉱山は、大粒のダイヤモンドを産することで有名であった。現在イギリスのエリザベス女王の所有になっている「コーイヌール」とよばれる巨大なダイヤは、発見当時は八○○カラットもあったという。ムガル帝国を創設した初代の皇帝バーブルは、征服したインドの王子からこれを手に入れた。そのころからこのダイヤを所有した者が世界を征服するという言い伝えが生まれた。ムガル帝国が衰退に向かった一七三九年、ペルシヤ王が侵入して首都デリーを占領、このダイヤを奪った。ペルシア王は、このダイヤの光るさまをみて「おおなんとすばらしい光の山よ!」と叫んだ。以来このダイヤは「Mountain of Light」とよばれるようになった。
 このムガル帝国を事実上征服したイギリス東インド会社は、このダイヤを入手して、一八五〇年イギリスのビクトリア女王に献上した。伝説通り、ビクトリア女王は、大英帝国の女王として世界に君臨したのである。


後編に続く




 
   このページは著者及び出版社の承諾を得て、掲載しております。  

■■本の紹介■■

 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。

 書 名:『物が語る世界の歴史』
 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 
 出版社:聖文新社
 定 価:2330円+税
 


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