No.9 −鉄− 後編





◎鉄が朝鮮・日本を統一させた

 高句麗・百済・新羅の三国分立時代の朝鮮で、六世紀中ごろから新羅が急速に力を増していった。まず六世紀中ごろ半島南部の伽耶諸国を併合し、七世紀前半には百済を倒し、その救済に来た日本軍を唐との連合軍で大敗させ(白村江の戦い、六六三年)、高句麗を破って朝鮮半島を統一した。こうして日本を伺う勢いに発展した強大な新羅の登場で、日本はかつてない危機に見舞われた。天智天皇は都を近江に移し、対馬や北九州に防衛のための山城や外城を築いて、これに備えた。
 ではなぜ新羅が、急速に力をつけたのか。今までの歴史学では、明確な説明ができなかった。ところが、一九九〇年九月、韓国の「隍城洞(こうじょうどう)遺跡調査団」が、古都新羅の王都慶州市で、製鉄の一貫工場跡が発掘されたと発表したことから、新羅の急速な強大化の原因は鉄であるという見解が有力視されはじめている。この遺跡からは四〜七世紀ごろの鉱石を溶かす精錬炉、鋳物をつくる溶解炉、大鍛冶、小鍛冶用の鍛冶炉など二十数基が発見された。
 このような製鉄の一貫工場跡が発見されたのは、東アジアではここだけであるという。韓炳三、韓国国立中央博物館長は、「この時代、鉄を制したものが、覇権を握り、東アジアを動かした。新羅があれほど急に強国となるのは、恐らく豊富な黄金と鉄の生産技術の高さがその原動力だったことを、この遺跡は見事に示したと思う」(朝日新聞一九九〇・九・六)と語っている。
 日本の三世紀後半から七世紀ごろまでを古墳時代とよんでいる。とりわけ三世紀になると大阪平野に応神陵、仁徳陵と伝えられる巨大な古墳が出現しはじめた。この古墳中期(五世紀)の古墳からは急に馬具、甲胃、金属装身具の副葬が増大し、大量の鉄製の武器も出土するようになる。これらが、新羅など朝鮮伝来の馬具や武器であることから、北方騎馬民族が朝鮮半島を経て日本列島に侵入し、日本の支配者になったと推定する、いわゆる騎馬民族説(江上波夫氏提唱)も提起された。この当否は別として、五世紀後半ごろから、大和王権は、しだいに地方豪族に対する支配を強め、中央の政治機構も整えて、日本の統一政権である大和朝廷へと発展していったのである。日本の最古の製鉄遺跡は、京都府、弥栄町で最近発見されたもので、六世紀後半のものであることを考えると、日本を統一した原動力は、朝鮮の統一と同じく新羅を経てもたらされた製鉄技術による鉄であったということもできよう。

◎鉄と石炭の時代の到来

 イギリスで世界最初の産業革命が行われたが、その発端になったのは綿織物業であった。織物の二つの工程である紡績(紡<つむ>ぐ)と織布(織<お>る)が、それぞれ改良・発明を相互に刺激しあって、綿織物業の機械化が急速に推進された。この綿織物業の機械化は、他の産業の機械化を刺激するとともに、蒸気機関の改良による動力革命をもたらした。それにともなって製鉄業・石炭産業・機械工業が発達し生産構造も急速に変化した。産業革命の時代は鉄と石炭の時代ともいわれる。製鉄のための燃料には、長く木炭が使われていた。かつて欝蒼(うっそう)とした森林におおわれていたイギリス(ロビン−フッドのシャーウッドの森を想起されたい)でも、一二〜一三世紀ごろから、農地の開墾と燃料、建築・造船用木材などのため森林の伐採が進んだ結果、イギリスの森林は急速に消滅していった。産業革命の到来でより多くの鉄が必要になったが、燃料の木炭が不足していた。木炭の代わりに石炭やコークス(石炭を高熱で処理した殻で、無煙で火力も強い)の利用が試みられた。
 一八二八年、グラスゴーのガスエ場の管理人J・二ールソンは、高炉内に吹き込む空気を加熱することによって、炉内の温度を高める方法を考案し、特許をとった。これによって、鉄の生産量は飛躍的に増加した。
 一九世紀後半になると、鉄道の発達や高層建築の増加、武器の改良などで、鉄の需要はますます高まった。それにともなって製鉄技術も改良されたが、とりわけ一八五六年にイギリス人ベッセマーが発明した転炉は、一〇〜二〇トンの溶鉄を一五分で溶鋼に仕上げることができる画期的なものであった。ベッセマーがこの転炉を開発したのは、大型砲弾の発射に耐えられる砲身用の鋳鋼をつくるという軍の要請であった。こうして近代製鋼法の基本が確立された。その後、数々の改良がなされ、今日のコンピューターを駆使した製鉄へと発展してきたのである。

◎鉄の時代はいつまで続くか

 以上、鉄の歴史を古代史を中心に見てきたが、まさに現在にいたるまで、鉄は、人類にとって金属の王様ともいえる重要性を保持し続けてきた。しかし、二〇世紀も残り少なくなった現在、新しい性質をもった合金類が次つぎに生みだされ、かつて鉄が使われていた分野に進出している。また、プラスチツクやポリウレタンなどの新素材がその軽量性と耐久性の増大で、鉄にとって代わりつつある。かつては大部分が鉄であった自動車も近年では鉄の比重が急速に下っているため、廃車時に再生できない部分が急増し、廃車処分業者を苦境に追い込んでいるという。果たして鉄の時代はいつまで続くのであろうか。二一世紀の世界はどのような金属群によって支えられていくのであろうか。


次回は「鉛・錫 前編」です。




 
   このページは著者及び出版社の承諾を得て、掲載しております。  

■■本の紹介■■

 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。

 書 名:『物が語る世界の歴史』
 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 
 出版社:聖文新社
 定 価:2330円+税
 


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