No.10 −鉛・錫− 前編
|
◎ローマ帝国は鉛中毒で衰亡した!? 地中海を内海とする大帝国を築きあげたローマ帝国の衰退については、一般的に国内の奴隷を労働力とする大農場経営のゆきづまり、私兵を蓄えた大地主の台頭、ゲルマン人やササン朝ペルシアの侵入などがその衰退の主要な原因であるとされている。しかし、これだけの大帝から国が衰退していくには、その他のさまざまな要因が絡みあっていたのである。 膨大な数の奴隷を擁し、彼らの労働のうえに、日々安逸な生活を送っていた市民たちの道徳は乱れに乱れ、頽廃の極に達していた。兄弟姉妹間の近親相姦や母子相姦もそう珍しいことではなかった。この腐敗しきったローマ市民たちにとって、北方のきびしい自然環境のなかで、質素な生活を送り、鍛えぬかれたゲルマン人の侵入を防ぐことはとてもできない相談であった。 近年、地球環境が鉛によって汚染されつつあることが問題視されているが、鉛汚染の歴史をさぐっていくなかで、古代ローマ帝国が衰亡した一つの要因に鉛中毒があったという説が提起され、論争をよんでいる。 ローマ帝国は優れた上水道施設をもっていたことで知られている。数十キロの遠方から、ローマ市をはじめとする各都市に上水を送るための水道橋がつくられ、それらの遺跡は現存しているだけでなく、一部は数千年を経た現在もそのまま使われてもいる。これらの水は、大浴場や、道路端に設けられた公共の水飲み場に送られるとともに、各家庭にも配水されていた。各家庭への配水管は鉛管が用いられていたため、飲み水には常に鉛が溶け出していた。また、ローマ時代には鉛製の鍋や食器が用いられていた。有名なローマン−グラスもあり、安価で入手できたが、ローマではガラスは、瓶や飲料用のコップとしての使用に限られており、ほとんどの食器は鉛製であった。ローマ人の愛飲していたワインやシロップも、鉛製の容器に貯蔵されることが多かった。 最近、アメリカで陶磁器の鉛が健康上有害であるとして、カリフォルニア州の検察当局が日系企業を含む世界の主要な陶磁器会社一〇社を同州の鉛規制法違反で州上級裁判所に提訴したことが話題になった(一九九二年二月八日朝日新聞「無鉛の食器づくり、躍起の陶磁器業界」の記事)。 現在の陶磁器は、その製造過程で用いられる絵具の一部と上薬に、光沢を出すために微量の鉛が含まれており、それが溶け出して口に入ることが危倶されているのである。このようなわずかな鉛でも健康に有害であることを考えると、古代ローマ帝国の人たちは大量の鉛を摂取していたことは間違いなく、多くのローマ人が無気力、軽い精神障害をもたらす鉛中毒にかかっており、そのことが、またローマ入の自堕落な生活と頽廃をもたらし、ローマの衰亡をはやめたというのである。 ◎金属活字・ステンド−グラス・ダムダム弾 鉛が世界史のうえで重要な役割を果たしたものとしては、グーテンベルクが考案した活版印刷術がある。ライン河畔のマインツ市の金銀細工師であったグーテンベルクは、金属で活字をつくって印刷することを思いつき、研究に着手した。彼はさまざまな金属で活字をつくることを試みるなかで、ついに鉛に少量の錫を加え、のちにそれにアンチモンを加えた合金が、固さやインクのなじみもよいことに気づいた。これは現在「三元合金」といわれて、活字材料として、今も用いられている大変な発明であった。 「はんだ」で御存知のように、鉛は比較的低い温度で融ける(融点三二七・四度)性質をもっているため、固型物の接着剤として用いられてきた。中世ヨーロッパの教会の窓を飾る美しいステンド−グラスは、多くのガラス片を鉛によって接着して作られている。当時のガラス製造技術では窓を広く覆(おお)う大きな一枚ガラスをつくることができなかったため、ガラスをつなぎ合わせる方法がとられた。この醜い接着線を、色ガラスを貼り合わせて美しい絵を描きあげる描線とするというすばらしい着想によって、美しいステンド−グラスが生み出されたのである。 大砲・小銃が発明されると、鉛は弾丸として用いられた。アメリカの独立戦争の際、植民地が組織した民兵(ミニットマン)は、銃も不揃いで、屋根の鉛板(鉛板の屋根と、スレートを鉛で接着した屋根が多かった)をはがして、各人の銃に合わせて弾丸を鋳造した話はよく知られている。因(ちな)みにミニットマン(Minuteman)とは一分間兵の意で、普段は仕事に従事している人が、いざという場合に一分間で兵士に早変わりしたのでこういわれたのである。 鉛弾といえば、一九世紀にイギリスが植民地インドの反乱鎮圧用に考案し、一八五七年からのセポイの乱の鎮圧で大きな威力を発揮したダムダム弾を忘れることはできない。これは、鉛の弾体頭部に穴をあけて、弾丸が人体に命中したとき、弾丸が裂けて傷を大きくするように工夫されたもので、インドのダムダム工場で製造されたため、ダムダム弾とよばれた。鉛そのものが人体に有害であるため、この弾に撃たれた人の回復は悪く、人道上間題とされ、一九〇七年の第二回のハーグ平和会議で、ダムダム弾の使用は禁止された。しかし、植民地の民族運動の鎮圧に手を焼いていたイギリスとアメリカは、この条約の批准を拒否した。 アメリカは、ベトナム戦争中にも、ダムダム弾を使用したうえ、ボール爆弾という、人体殺傷用の爆弾を大量に使用したことは記憶に新しいであろう。ボール爆弾は爆発の際、数百万個の小さな鉛玉を数百メートル四方に飛ばし、人体に無数の鉛を喰い込ませるという恐ろしい爆弾である。 後編に続く |
| このページは著者及び出版社の承諾を得て、掲載しております。 | |||
■■本の紹介■■ 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。 書 名:『物が語る世界の歴史』 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 出版社:聖文新社 定 価:2330円+税 |
![]() |
||
| ←Back | Next→ |