No.11 −鉛・錫− 後編
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◎鉛は全人類を脅かし始めた! ――有鉛ガソリンによる汚染―― 一九世紀末に実用化された自動車が、現在のような大衆的な乗りものになるきっかけをつくったのは、第一次大戦後のアメリカであった。アメリカは、大戦後の戦後恐慌を克服して、一九二三年ごろから好況に転じ、自動車・化学・電気工業などの新産業を中心に経済は発展を続け、産業の合理化も進んだ。ヘンリー=フォードは「フォード・システム」とよばれる流れ作業方式を考え出して自動車の大量生産に成功した。価格も急速に下がり、自動車は庶民の乗りものとなった。アメリカが好況に転じた一九三二年、ガソリンのオクタン価を上げることによって自動車のスピードアップをはかる試みがなされ、ガソリンに有機鉛が添加された。この有鉛ガソリンは、つい最近まで広く使われ、自動車の普及とともに大量の鉛を大気中に放出し続けたのである。 自動車の排ガスに含まれる鉛は、大気から陸上へ、海中へと降りそそいで蓄積されていった。魚貝類、とりわけ重金属を蓄積しやすい胎貝(いがい)などの貝類の鉛の濃度は急上昇を続け、アメリカ、カリフォルニア州中部の太平洋岸には「危険につき貝は食べないこと」という警告板が立てられている。スウェーデンの首都ストックホルム市の中心にある公園で、枯れた樹齢一五〇年のカシの木の年輪ごとに含まれる鉛の量が測定された。それによると一九世紀は一〜二PPMであったが一九六〇年ごろから急増しはじめ、一九七五年以降は二〇PPMを超える数値が検出された。グリーンランドの大氷原の氷雪層の鉛も一九五〇年代から急増しているという。 現在でも火山の噴火などで、年平均六〇〇〇トンぐらいの鉛が大気中に放出されていると推測されているが、人間は、なんと年間二〇〇万トンもの鉛を出し続けてきたのである。成人の数倍も早く鉛を吸収する子供のなかには、すでに軽い鉛中毒にかかり治療の必要がある者がアメリカだけでも数十万人はいるといわれている。 ローマを衰亡させた鉛は、現在では一つの帝国ではなく、全人類を、いや地球上のすべての生命を脅かしはじめているといっても過言ではないであろう。 ◎錫・カンづめとマレー半島の植民地化 オリンピックのメダルに用いられている金・銀・銅は、地球上に広く分布しており、地上に露出した鉱床から比較的簡単に取り出せたため、人類が最も早く利用しはじめた金属でもあった。そのうちの銅は、石器の代用物として使用しようとしたが、柔かすぎて使いものにならなかった。古代の鍛冶屋たちは、いろいろな鉱石を混ぜあわせることを試みているうちに、錫鉱(錫石)を銅にまぜると丈夫な金属、青銅ができることを知った。 フェニキア人は地中海の各地で錫鉱を見つけて交易品としていたが、イギリスのコーンウォール地方で優良な錫鉱が開発されてからは、長くイギリスがヨーロッパの錫の供給地となった。やがて鉄器が普及すると道具としての青銅器はその役目を終え、美術品などごく一部で用いられるだけになったため錫の需要も激減していった。 その錫が再び脚光をあびるようになったのは、一九世紀初頭のイギリスでカンづめが発明され、実用化されたことがきっかけであった。 一八一〇年、イギリス人、ピーター=デュラントは、自宅で愛飲していた紅茶の入れ物、いわゆる茶筒にヒントをえて、世界最初のカンづめをつくった。話しは少しそれるが、この茶筒は日本からヨーロッパに伝えられたものであった。ヨーロッパで最初に飲茶の風習が始まったのは一七世紀初頭のオランダであった。そのオランダ人は日本との貿易を通じて、日本人の嗜(たしな)んでいた茶と茶の文化に接し、それを本国オランダに伝えた。この飲茶の風習は、オランダからフランス・ドイツ、そしてイギリスヘ伝えられた。その証拠に一七世紀のイギリスでは、茶はteaではなくchaと綴られていたのである。現在では世界中にあふれているカンづめの発明に日本人のつくり出した茶筒が影響を与えたという因果関係は興味深いものがある。 やがてカンづめの製法も進歩し、大量生産が可能になると、カンをつくるブリキの需要も増大した。ブリキはオランダ語のblikのなまりで、英語ではティン−プレートtin plateという。もちろんtinはすず(錫)のことである。「世界の工場」イギリスは、自国の発明ということもあって、カンづめ産業でも世界一の生産量を誇った。かつてヨーロッパ中に錫を供給していたイギリスの錫鉱山は、すでに掘りつくされて枯渇していた。イギリスはカンを製造するのに必要な錫を世界中に求めた。 マレー半島は古来から錫の産出で知られていたため、イギリス資本が錫を求めて進出しはじめた。マレー半島の錫鉱山は、オランダ統治下に開発が進んだが、その開発に当たったのはもっぱら華僑の中小商人たちであった。一八二四年の英蘭(イギリス・オランダ)協定でマレー半島がイギリスの勢力下に入ると、イギリス資本はしだいに華僑資本の鉱山を吸収・合併しはじめた。 イギリスは錫という重要資源をねらって、当時マレー半島で割拠していた土侯国への圧力を強め、土侯国間の争いを利用して、次つぎに土侯国を併合して植民地支配を確立していったのである。 次回は「ダイヤモンド 前編」です。 |
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■■本の紹介■■ 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。 書 名:『物が語る世界の歴史』 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 出版社:聖文新社 定 価:2330円+税 |
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