No.14 −車輪・水車・風車− 前編
|
◎車輪の発明は近代文明の基礎 車輪は日常的にあまりにも見なれた存在であるし、その構造も単純そのものであるので、人類はなんの苦もなく車輪を発明したのではと思いがちである。私もあの高度に発達したインカ・マヤ文明が車輪を全く知らなかったという事実に気づくまではそう考えていた。そう思って改めて車輪の発明について学んでみると、車輪は回転運動の利用を可能にしたことで人類の近代文明=機械文明の基礎ともなった基本的な技術であることを再認識さ せられた。 人類が車輪を用いている資料はエジプトとメソポタミアの壁画に残されている。それから判断して、人類が車輪を発明したのは、紀元前三五〇〇〜三〇〇〇年ごろの新石器時代の末期のオリエント地方であろうとされている。どのようにして発明されたかは推測の域を出ないが、オランダの研究者R・J・フォーブズによると「これまで人間は、荷物を運ぶさいには、樹木の幹や丸太の上に橇(そり)をすべらせた。しかし、技術的に見ると、回転する円筒から、両端に車輪を取付けた心棒の移動へは、ただの一歩である」(『技術の歴史』岩波書店)として、いわゆる“コロ(転)”からヒントを得て考えついたものであろうとしている。やがて、車輪と心棒を固定した荷車を考え出したが、車体の下で心棒も回るため、荷車は不安定なものであった。人間は長い年月をかけて、心棒を動かさずに車輪だけを回転させる方法を考案したと思われる。 かの有名なハムラビ王の君臨した、古バビロニア王国を滅亡させたインド−ヨーロッパ語族のヒッタイト人は、鉄器を使用し、これをオリエントの各地に伝える役割を果たしたが、あと一つ馬に引かせる二輪の戦車を開発し、その機動力で各地を征服したことでも知られている。オリエント地方に馬が伝えられたのはこのころ(紀元前二〇〇〇年ごろ)のことで、北方の遊牧民族がもたらしたものであり、この馬の導入は、この戦車の開発のように車輪の発達にも重要な役割を果たした。こうして人びとは馬車や戦車を生み出したが、当時の馬車にはスプリングがついてない(これはローマ時代に考案された)うえ、道路はでこぼこで雨の日にはぬかるみになるため、旅は馬やロバに乗るか徒歩で行われ、馬車はそれほど普及しなかった。 このように車輪は古代のオリエントに出現したが、他の世界での車輪の利用がこのオリエントから伝えられたものか、その地域の人たちが独自に考え出したものかは定かではない。しかし、中国でも春秋・戦国時代(紀元前ハ世紀〜)に馬に引かせた立派な戦車が活躍していたし、インドでもアショーカ王の石柱に描かれた宝輪はシャカが乗った馬車の車輪をかたどったものであると言われている。このインドの場合は、中央アジアからカイバ ル峠を越えてインドに移住していったインド−ヨーロッパ語族のアーリア人が伝えたと思われるが。 ◎車輪から水車へ 車輪が誰の目にも触れるようになると、この回転運動を他の分野に応用しようと考えるのは自然であろう。車輪の応用で考案された重要な技術に製陶用の「ろくろ」と水車があった。 水車のことが最初に文献に出現するのはローマ時代である。紀元前一世紀の詩に製粉用水車と揚水用水車のことが詠(よ)まれている。ほぼこのころの地理学者ストラボンはその著『地理誌』のなかで、ローマと三度にわたる激しい戦い(ミトリダス戦争)を展開した小アジアのポントス王ミトリダテスが、カイベラに壮大な宮殿を建設し、そこに大きな水車を設けたと記している。このカイベラは、現在のトルコの内陸都市ニクサルのことで、この地は古来から、地形を利用した水車が多数集中していたところで、一九八五年まで営業を続けていた製粉水車小屋が現存している。 最も古い水車は、ギリシア式とか北欧式とよばれる水輪が横になっている水平式水車であったが、ローマの建築家ウィトルウィウス(前一世紀)は、その著『建築十書』の中で車軸が水平で車輪が垂直の今日一般的に見られる水車を提唱している。それも初めは車輪の下が水をもち上げる下掛式であったが、やがて水を上からかける上掛式が能率がよいことがわかり、上掛式水車が多くなっていった。 ローマ時代の水車は、主に製粉用と水汲み用(灌漑用)の二つの分野で使用されたが、ローマなどの大都市以外ではあまり普及しなかったという。それは河川の流量の変化に当時の水車では技術的にうまく対応できなかったことと、最大の理由は、奴隷制社会で、いつでも大量の奴隷労働力を安く使用できたためであるという。現代においても労働力不足が、工場のロボット化の推進力となっている事情と根は同じであるといえよう。 後編に続く |
| このページは著者及び出版社の承諾を得て、掲載しております。 | |||
■■本の紹介■■ 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。 書 名:『物が語る世界の歴史』 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 出版社:聖文新社 定 価:2330円+税 |
![]() |
||
| ←Back | Next→ |