No.20 −ウラン− 前編





◎アインシュタインの特殊相対性理論―――E=Mc2

 アインシュタインは一九〇五年特殊相対性理論を発表し、その論文の最後に質量とエネルギーは同等であることを明らかにした。これをアインシュタインはE=Mc2 という式に表した。E はエネルギーで、M は質量、c は光の速度である。光の速度は一秒間に約三〇万qであるから、その二乗というのは想像を絶する数字になる。とすれば質量のもつエネルギーはこれまた膨大なものである。
 物質を構成する最小単位は原子(Atom)であり、その原子は、中心に原子核があり、それは陽子(プロトン)と中性子が核力によってがっちりと結合してできている。つまり強力なエネルギーが働いて結合しているわけで、この結合を解けば、つまり原子核が分裂すれば、このエネルギーが取り出せるわけである。
 また別々に存在する陽子と中性子を結合させるときにもエネルギーを取り出すことができるわけで、こちらは核融合とよばれる。アインシュタインの「質量とエネルギーは同等である」ことからすると、この核分裂と核融合においてともに分裂前と分裂後、融合前と融合後の質量が同じであれば、エネルギーは放出されないわけである。質量に差があれば、その差に相当する質量M ×光速c の二乗に当たる膨大なエネルギーが放出される=取り出せることになる。
 われわれの目に見えない極小の世界である原子核に想像を絶するエネルギーが秘められているというこの自然界の不思議に驚かされるとともに、その不思議にメスを入れ、ついにはそのエネルギーを取り出すことまでやってのける人間の能力のすごさにも感動させられる思いである。永遠に燃えつきそうにもない太陽が発する莫大なエネルギー(一秒間に3.8×10 33エルグのエネルギーを放射している)は核融合反応により生み出されているものであることも分かっている。


◎人類はついに原子の火を手中にした!

 強力な結合エネルギーで結びついている原子核を分裂させる方法があるのだろうか。原子核になにかをぶつけて、その衝撃によって原子核を分裂させることが試みられた。
 一九一九年イギリスのラザフォードが、窒素の原子核にヘリウムの原子核をぶつけて酸素原子と水素原子を作り出す実験に成功した。これが最初の原子核分裂である。その後、原子核にぶつけ、原子核に変化を起こさせる強いエネルギーをもった中性子がラザフォードの弟子のチャドウイックによって発見された。これに注目したイタリアのフェルミは、当時知られていた九二の元素の原子に一つずつ中性子線を当てる実験をしてみた。するとただ一つウランの原子からいくつかの放射能をもった物質が飛び出すことをつきとめた。フェルミは、ウランに中性子をぶつけたことによりウランよりも重い超ウラン元素ができたと考えた。
 このフェルミの発表をもとに、同じ実験をしてみたドイツの化学者O・ハーンは、フェルミのウラン原子核が、ぶつけられた中性子を取り込んで、より重い超ウラン元素ができたというのは誤りで、逆にウラン原子の半分の重さしかないバリウム原子ができたことをつきとめた。
 ということは、この重さ=質量の差だけのエネルギー(Mc2)放出されたことを意味するわけである。これこそ原子力を人類が取り出すことができることを理論的にも、実験的にも証明するものであり、核エネルギーの解放という人類の偉業に道を開いたことになる。


◎核分裂の連鎖反応

 ハーンの研究者仲間のR・マイトナーは、甥の物理学者O・フリッシュとともに実験を重ね、ハーンの説の正しいことを確かめた。デンマークの原子物理学者N・ボーアは、この結果をもってアメリカに渡り、一九三九年一月、このことを正式に発表した。原子核の分裂によるエネルギーの放出といっても、目に見えない極小の一個のウラン原子核が分裂しても、それだけでは、エネルギーはあまりに小さく、人間が体感することもできないわけでその利用などは思いもつかないことである。それを可能にするためには核分裂が次ぎつぎに起こって、次ぎつぎにエネルギーを放出することが必要であった。これが核分裂の連鎖反応である。
 アメリカに亡命していたハンガリー人の研究者シラードは、ウランの原子核の分裂で、ウラン原子は二つか三つの原子に分裂すると同時に中性子も放射されるのではないかと考えた。もしこのとき放射される中性子の数が二個以上であれば、その中性子が他の原子核にぶつかって核分裂を起こす……。この運動が連鎖的に起きることにより膨大なエネルギーが生ずるわけである。シラードはアメリカに亡命していたフェルミとともに実験をくりかえした結果、この推理が正しいことをつきとめることができたのである。


◎「人類の歴史の暗黒の日」か?

 ドイツではナチスが政権を握ってファッシズム体制を確立し、学問・思想を統制して、ユダヤ人に対する迫害を強めていた。当時のアメリカには、多くの学者・研究者が亡命していた。E・フェルミもシラードもそうであった。ドイツの原子力研究の水準を知る人たちは、ナチス−ドイツが原爆を開発する前にアメリカが開発する必要があると考えた。シラードはアインシュタインを説得して、一九三九年八月二日、ルーズベルト大統領に原爆開発を訴える手紙を出してもらった。その一か月後の一九三九年九月一日、ドイツ軍はポーランドに侵攻して、第二次大戦が勃発した。原爆開発に確信をもてなかったアメリカ政府に対して、アインシュタインは、一九四〇年三月七日、再度手紙を出した。これを機に政府もようやく重い腰をあげた。
 天然ウランの中で核分裂を起こすのはウラン二三五で、それは天然ウランの中に○・七%しか存在しなかった。次の難題はウラン二三五を天然ウランからどうして分離するかであったが、それも解決の見通しがたった。

 一九四二年九月、アメリカ政府は本格的な原爆開発計画=マンハッタン計画に着手し膨大な資金と多くの人材を投入しはじめた。この計画によりつくられたシカゴ大学の原子炉でフェルミとシラードは、核分裂の連鎖反応と、ウラン二三八より新たな核分裂物質プルトニウムをつくり出すことに成功した。この成功を祝う席でシラードは「この日は人類の歴史において暗黒の日として後世に残ると思う」と語った。


後編に続く




 
   このページは著者及び出版社の承諾を得て、掲載しております。  

■■本の紹介■■

 古代エジプトの金の採掘から、現代の太陽電池の開発まで、53の「物」の歴史についての考察。

 書 名:『物が語る世界の歴史』
 著 者 :綿引 弘(わたひき ひろし) 
 出版社:聖文新社
 定 価:2330円+税
 


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