No.175 −秋の雲−




   夏前から、知ってはいたのですが、漸く手にすることができました。恩田 皓充(お
  んだ ひろみつ)君の「青空の指きり」(河出書房新社)です。
     帯に曰く「俳句界の新星、13歳鮮烈にデビュー」と。

   ちょうど季節に合ったものとして、先ず……。


         秋の雲茶碗のふちも空の果て


   彼が「5歳の時にはじめて詠んだ」のが、次の句。


         南天をとろうとおもえば落ちにけり


   もちろん、母親の侑布子さんが書きとったもので、侑布子さん自身、俳句を作って
  居られた。その句作の折々に、苦吟を口にして居られたのであろうことが想像されま
  す。切れ字や季語など、小学生以下の年齢では、始めから詠める筈がないのです。

         風船や空にはじめておつかいに

         春眠に平泳ぎする大男

         足跡を重ねあわせて山眠る

         ……………

   しかし、当然ながら、最初の思いつきのイメージやコトバは、お母さんが整えられ
  た型を吸い取りながら、自分の表現に生かされて行きます。

         芋のつゆ葉っぱのおすべりすべりそう

         夕焼けて破片をかざす秋の沼

         菊の雨えんぴつ一本捨てられて

         蜩や記憶の糸を引き寄せる

         …………

   御本には制作年次や年齢が記されていません。従って「大工さん鉛筆耳に釘くわえ」
  のような作品の隣に「あぶらぜみ空をいためて食べている」と並んでいたりします。
   又、ありのままの叙景の句が初歩で、象徴的な句が大きくなってからの句とも言い
  兼ねます。ただ、少なくとも、最初にご紹介した句「茶碗のふち」の句は、もっとも
  初期の句ではあるまい、と思えるだけです。

   芸術的な才能の開発が、極めて年少の折からの方が効果的、というのは、音楽や画
  だけではないことを思い知らされます。

「はな・ひと・こころ」へもどる