遠からず無に還りゆくうつせ身に
今日の暑さの沁みる確かさ
柳澤 桂子
緑陰に陽の斑(ふ)を浴びる
病み永き真白き腕に添う藍浴衣
同 上
今日を閉づるひとつの花のいのちゆえ
射す夕光(ゆうかげ)の色も寂しき
同 上
樹の息がわが息となりわが息を
樹が吸い込みて夜は更けゆく
同 上
上の短歌は、秀れた生命科学者として数々の名著を物しつつ、自らの生命に進行し
ていく手足の麻痺と苦痛の中で、生きることと死ぬことを見つめ続けて来られた方の
作品です。
NHKのドキュメンタリーで紹介されたときも、まだ、生死の境い目でいらっしゃ
いました。それが、御夫君の調査・研究の果てに見つけられた医師の力で、積年の痛
みと麻痺が完治。現在は再び学会に戻って活躍しておいでです。
今日、ご紹介しているのは、それ迄の数々の御作に、赤(せき)勘兵衛氏の画を添
えられた「冬樹々のいのち」という歌画集の中からのものです。(98'12.8刊.草思社)
一口のパンが喉(のみど)を通った日
私は真紅の薔薇になった
二年の横臥(おうが)ののちに立たんとす
足裏(あうら)は膨れ床を感じず
生き抜かん強き思いはめらめらと
宙に広がる無限の炎
人は普通に生きている限り、その「生」がいつか終わるとは思っていません。しか
し、「死」のかげがごく僅かでも、我が身のこととなると、平静ではいられなくなる
ものです。そして、極端な思いや行動に走ります。いわば、平常心を失うのです。医
師が「ガン」の告知に慎重なのは、その故であろうと思われます。
そして、その故にこそ、しっかり「死」を見つめて来た人間だけが、或いは、完全
に「死」に対して、その時はその時のことと思い定めてきた人間だけが、充実した揺
るぎのない「生」を送れるのだと思われます。
でも、難しいのですよね。それが。
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