No.155 −うつせ身−




       遠からず無に還りゆくうつせ身に
                           今日の暑さの沁みる確かさ
                       柳澤 桂子


       緑陰に陽の斑(ふ)を浴びる
             病み永き真白き腕に添う藍浴衣
                       同  上


       今日を閉づるひとつの花のいのちゆえ
             射す夕光(ゆうかげ)の色も寂しき
                       同  上


       樹の息がわが息となりわが息を
            樹が吸い込みて夜は更けゆく
                       同  上


   上の短歌は、秀れた生命科学者として数々の名著を物しつつ、自らの生命に進行し
  ていく手足の麻痺と苦痛の中で、生きることと死ぬことを見つめ続けて来られた方の
  作品です。
     NHKのドキュメンタリーで紹介されたときも、まだ、生死の境い目でいらっしゃ
  いました。それが、御夫君の調査・研究の果てに見つけられた医師の力で、積年の痛
  みと麻痺が完治。現在は再び学会に戻って活躍しておいでです。
     今日、ご紹介しているのは、それ迄の数々の御作に、赤(せき)勘兵衛氏の画を添
  えられた「冬樹々のいのち」という歌画集の中からのものです。(98'12.8刊.草思社)

       一口のパンが喉(のみど)を通った日
                私は真紅の薔薇になった


       二年の横臥(おうが)ののちに立たんとす
                足裏(あうら)は膨れ床を感じず


       生き抜かん強き思いはめらめらと
                宙に広がる無限の炎


   人は普通に生きている限り、その「生」がいつか終わるとは思っていません。しか
  し、「死」のかげがごく僅かでも、我が身のこととなると、平静ではいられなくなる
  ものです。そして、極端な思いや行動に走ります。いわば、平常心を失うのです。医
  師が「ガン」の告知に慎重なのは、その故であろうと思われます。
   そして、その故にこそ、しっかり「死」を見つめて来た人間だけが、或いは、完全
  に「死」に対して、その時はその時のことと思い定めてきた人間だけが、充実した揺
  るぎのない「生」を送れるのだと思われます。

   でも、難しいのですよね。それが。


「はな・ひと・こころ」へもどる