暫くぶりに漢詩の世界をのぞいてみましょう。当然、漢詩に出てくる季節と暦の関
係は、旧暦(太陰暦)ですから、数字的にはずれていますが、季節感の上で、現在に
近いものを探してみました。
閑居初夏、午睡起
(閑居の初夏、午睡より起く)
宋 楊万里
梅子留酸軟齒牙
梅のみは酸を留めて齒牙を軟にす
芭蕉分緑與窗紗
芭蕉 緑を分かちて窓の紗に与う
日長睡起無情思
日は長く 睡(ねむ)りより起きて情思なし
間看兒童捉柳花
間(かん)に看(み)る 児童の柳花を捉うるを
訳 岡田 充博
梅の実のすっぱさが口に残って、固い歯も軟らかくなったかのよう。芭蕉の葉は
濃い緑を窓の紗(うすぎぬ)に投げかけている。日は長く、眠りからさめて気分は
まだうつろ。子供たちが柳絮(りゅうじょ)をつかまえようとはしゃぐのを、ぼん
やりと眺める。
「柳絮」は、日本では余り見られませんが、中国では初夏の風物としては広く見ら
れる現象で、楊樹(枝の垂れ下がらない柳)の白い綿のような実が、ふわふわと風に
流れ、牡丹雪の降るような情景を呈します。
中国の人々は、それを見ると、ああ、もう夏が来るのだなあと思うのです。
もう一つ注意しておきたいのは、日本と違って春が短い、ということです。揚子江
河口付近から南は、そうでもないようですが、北京や黄河下流より北の中国では、大
陸性気候なので、気温の日較差、年較差が大きく春と秋の季節が短いのです。従って、
「初夏」といっても、すぐに乾燥した厳しい暑さがやってきます。
そこで……
夏日山中
唐 李白
嬾揺白羽扇
白羽 扇(せん)を揺(うご)かすに嬾(ものう)く
裸袒青林中
裸袒(らたん)す 青林の中
脱巾挂石壁
巾(きん)をぬぎて石壁にかけ
露頂灑松風
頂(いただき)をあらわして松風にあらわしむ
訳 平野 顕照
白鳥の羽の扇子を動かして涼をとるのはめんどうなこと。青々と茂っている林の中
に入って、ままよ肌ぬぎになってやれ。頭巾を脱いで石の壁にかけ、頭のてっぺんを
むき出して、わが髪を松風に存分になぶらせよう。
(同 上 書、P166)
訳者のご説明によると「衣冠をつけて夏を過ごす知識人にとって、頭髪を冷気にあ
てるのは、消夏を実現するささやかな方法」とあります。
このシリーズを担当して居ります私などは、直接、地肌に風が当たることになりま
すので、なおさら涼しいこと、でありましょう。
もう一作、いかにも漢詩らしい御作をご紹介。
渓陰堂
宋 蘇軾
(そしょく)
白水満時雙鷺下
白水 満つる時 双鷺(そうろ)下り
緑槐高處一蝉吟
緑槐(りょくかい)高き処 一蝉(いっせん)吟ず
酒醒門外三竿日
酒は醒む 門外 三竿(さんかん)の日
臥看渓南十畝陰
臥してみる 渓南(けいなん)十畝(じっぽ)の陰(かげ)
訳 櫻井 龍彦
清らかな水が満ちてくると、一つがいの鷺がおりきたり、緑あざやかな槐(えん
じゅ)のこずえに一匹の蝉が鳴いている。酒の酔いから覚めると、門の外に日はもう
すっかりあがり、竿(さお)を三本つないだ高さにまで達している。それでも私は横
に寝そべったまま、渓流の南に十畝おどある木陰をながめやっている。
(同 上 書P.246)
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