No.157 −孟夏−




   暫くぶりに漢詩の世界をのぞいてみましょう。当然、漢詩に出てくる季節と暦の関
  係は、旧暦(太陰暦)ですから、数字的にはずれていますが、季節感の上で、現在に
  近いものを探してみました。

             閑居初夏、午睡起
                     (閑居の初夏、午睡より起く)

                        宋 楊万里

              梅子留酸軟齒牙                                         
                   梅のみは酸を留めて齒牙を軟にす               
              芭蕉分緑與窗紗                                         
                   芭蕉 緑を分かちて窓の紗に与う               
              日長睡起無情思                                         
                   日は長く 睡(ねむ)りより起きて情思なし     
              間看兒童捉柳花                                         
                   間(かん)に看(み)る 児童の柳花を捉うるを 

    訳                       岡田 充博
    梅の実のすっぱさが口に残って、固い歯も軟らかくなったかのよう。芭蕉の葉は
   濃い緑を窓の紗(うすぎぬ)に投げかけている。日は長く、眠りからさめて気分は
   まだうつろ。子供たちが柳絮(りゅうじょ)をつかまえようとはしゃぐのを、ぼん
   やりと眺める。

   「柳絮」は、日本では余り見られませんが、中国では初夏の風物としては広く見ら
  れる現象で、楊樹(枝の垂れ下がらない柳)の白い綿のような実が、ふわふわと風に
  流れ、牡丹雪の降るような情景を呈します。
     中国の人々は、それを見ると、ああ、もう夏が来るのだなあと思うのです。

   もう一つ注意しておきたいのは、日本と違って春が短い、ということです。揚子江
  河口付近から南は、そうでもないようですが、北京や黄河下流より北の中国では、大
  陸性気候なので、気温の日較差、年較差が大きく春と秋の季節が短いのです。従って、
  「初夏」といっても、すぐに乾燥した厳しい暑さがやってきます。

   そこで……

              夏日山中
                     唐 李白

        嬾揺白羽扇                                                           
                 白羽 扇(せん)を揺(うご)かすに嬾(ものう)く   
        裸袒青林中                                                           
                 裸袒(らたん)す 青林の中                         
        脱巾挂石壁                                                           
                 巾(きん)をぬぎて石壁にかけ                       
        露頂灑松風                                                           
                 頂(いただき)をあらわして松風にあらわしむ         

    訳                       平野 顕照

   白鳥の羽の扇子を動かして涼をとるのはめんどうなこと。青々と茂っている林の中
  に入って、ままよ肌ぬぎになってやれ。頭巾を脱いで石の壁にかけ、頭のてっぺんを
  むき出して、わが髪を松風に存分になぶらせよう。
                                (同 上 書、P166)

   訳者のご説明によると「衣冠をつけて夏を過ごす知識人にとって、頭髪を冷気にあ
  てるのは、消夏を実現するささやかな方法」とあります。
      このシリーズを担当して居ります私などは、直接、地肌に風が当たることになりま
  すので、なおさら涼しいこと、でありましょう。

   もう一作、いかにも漢詩らしい御作をご紹介。


                渓陰堂
                       宋 蘇軾
                        (そしょく)

    白水満時雙鷺下                                                              
               白水 満つる時 双鷺(そうろ)下り                    
    緑槐高處一蝉吟                                                              
               緑槐(りょくかい)高き処 一蝉(いっせん)吟ず        
    酒醒門外三竿日                                                              
               酒は醒む 門外 三竿(さんかん)の日                  
    臥看渓南十畝陰                                                              
               臥してみる 渓南(けいなん)十畝(じっぽ)の陰(かげ)

    訳                         櫻井 龍彦

    清らかな水が満ちてくると、一つがいの鷺がおりきたり、緑あざやかな槐(えん
  じゅ)のこずえに一匹の蝉が鳴いている。酒の酔いから覚めると、門の外に日はもう
  すっかりあがり、竿(さお)を三本つないだ高さにまで達している。それでも私は横
  に寝そべったまま、渓流の南に十畝おどある木陰をながめやっている。

                              (同 上 書P.246)


「はな・ひと・こころ」へもどる