No.220 −みすゞ−
この所、金子みすゞの詩が大々的に取り上げられるようになりました。当然とい
えば当然、遅すぎたといえば遅すぎていますが、この項でも、No.201,(H13.5.24)に
取り上げさせていただいています。「朝顔」の詩でした。
今回は、本腰を入れて、集中的にご紹介させていだだきます。
大 漁
金子 みすゞ
朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮(おおばいわし)の
大漁だ。
浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。
(「金子みすゞ童謡集」'98,3月
角川春樹事務所、ハルキ文庫)
大正12年9月、「童話」誌上に掲載されたこの詩を始め、西条八十(やそ)の推
薦を受けたことを契機として、彼女は一挙に注目されることになったのです。
当時、大正7年以降この年頃までの間に、「赤い鳥」「金の船」「童話」と、三大
童話童謡雑誌が創刊され、空前の盛り上がりを見せていました。その空気の中での
登場だったのです。
叔母、フジが嫁いでいた上山文英堂という本屋さんの、その支店のたった一人の
店番をしながら、心の中の小さな、しかし広く自由な世界をささやかに表現し続け
ていたのです。
花の名まえ
金子 みすゞ
御本の中にゃ、たくさんの、
花の名まえがあるけれど、
私はその花知らないの。
町でみるのは、人、くるま、
海には船と波ばかり。
いつも港はさみしいの。
花屋のかごに、おりおりは、
きれいな花をみるけれど、
私はその名を知らないの。
母さんにきいても、母さんも、
町にいるから、知らないの。
いつも私はさみしいの。
寝かせばねむる、人形も、
御本も、まりも、みなすてて、
いま、いま、私は、行きたいの。
ひろい田舎の野を駈けて、
いろんな花の名を知って、
みんなお友だちになれるなら。
(同 上 書)
童話も、童謡も、ついでにいうなら童句も、大人の、表現力を持った、しかし子
供の心と目を持った人の作品です。俗世間に汚されない、常識的な世間智に惑わさ
れない、純粋なモノの見方と心で書かれた作品、それが「童…」なんだろうと思っ
ています。
だから、時々、本当の子供ではありえない批判や鋭い皮肉にもお眼にかかります。
最初の「大漁」の最後の部分なども、その一つです。
りこうな桜んぼ
金子 みすゞ
とてもりこうな桜んぼ、
ある日、葉かげで考える。
待てよ、私はまだ青い。
行儀のわるい鳥の子が、
つつきゃ、ぼんぼが痛くなる、
かくれてるのが親切だ。
そこで、かくれた、葉の裏だ、
鳥も見えないが、お日さまも、
みつけないから、染め残す。
やがて熟(う)れたが、桜んぼ、
またも葉かげで考える。
待てよ、私を育てたは、
この木で、この木を育てたは、
あの年とったお百姓だ、
鳥にとられちゃなるまいぞ。
そこで、お百姓、籠もって、
取りに来たのに、桜んぼ
かくれていたので採り残す。
やがて子供が二人来た
そこでまたまた考える。
まてよ、子供は二人いる。
それに私はだだ一つ、
けんかさせてはなるまいぞ、
落ちないことが親切だ。
そこで落ちたは夜夜中(よるよなか)、
黒い巨(おお)きな靴がきて、
りこうな桜んぼを踏みつけた。
(同 上 書)
しかし、何といっても彼女を特徴づけているのは、そのすべてを包みこむ心の暖
かさ、存在するものへの包容力ではないでしょうか。
土
金子 みすゞ
こッつん こッつん
打(ぶ)たれる土は
よい畠になって
よい麦生むよ
朝から晩まで
踏まれる土は
よい路になって
車を通すよ。
打(ぶ)たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か
いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ。
(同 上 書)
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