No.230 −詩の少年−


   大多数の人間は、生活に忙しく、収入を確保する為にセコセコ働き、その副産物と
  して、口惜しがったり、喜んだり、落ち込んだり、高揚したり、しています。
     「詩」を書こう、と思っている人は、極めて稀れな存在なのだろうと思いますが、
  「詩」について、口惜しがったり、喜んだり、落ち込んだり、高揚したりしている人
  は、もっと稀れなんだろうと思います。
     そう考えると、このコーナーを続けさせてもらっていること、その「稀れ」さ加減
  の凄さは、大変なものなんだ、と実感する次第です。

   毎回、ではないでしょうが、お読み下さっている方には、その意味で、そして年の
  瀬、ということもあり、心から御礼申し上げたいと存じます。
     さて、今回は、「詩心」が最も素直に平明に発揮される「詩の少年詩の少女」が「帯」
  の書名とされている小泉周二氏の御作の御紹介です。
   実は、その「平明」ということが大切なので、極めて象徴的な表現や、複雑多岐な
  陰喩に満ちた、かつ内外の古典的知識なくば理解困難な詩、でないと表現できない「内
  容」もあるのでしょうけれど、それは、その筋の専門の方にお任せしておいて、人間
  が生きてある時のそこそこの思いを訴え合い、共感しあえるという原則を、今回も通
  して行きたいと思い、取り上げさせていただきました。
     今回の詩人・小泉周二氏は、1950年生まれ。15才の時に進行性の「網膜色素変性
  症」の診断を受けられつつも、茨城県那珂湊市で小・中学校の先生をなさり、かつ、
  詩作をお続けになり、日本童謡賞・三越左千夫詩賞を受賞、その上、御作が小学校の
  国語教科書に掲載されたり、NHK全国音楽コンクールの課題曲に採用されたり、と
  いう、大活躍中の方です。
     先ずは「日本児童文学」新人賞 の受賞作から……。


                  カンソイモ
                            小泉 周二

                           小菊がひょいひょい咲いていたとこに  
                           いまはスダレがぎっしりならび        
                           ねすぎたみてえに青白く              
                           カンソイモがねむってる              
                                                               
                           つめてえ風にちぢこまり              
                           あまいにおいをムッと出し            
                           シノのねどこにべったらと            
                           カンソイモがねむってる              
                                                               
                           ゆうべは星が光ってた                
                           つまさきじんじんしびれたよ          
                           おまけにしもまでふっちゃって        
                           おや けさは いきもまっしろだわ    
                                                               
                           まふゆの海をぶったぎり              
                           ずらっとならべりゃこうなるか        
                           ぼんやりからだを光らせて            
                           カンソイモがねむってる              

                      (『放課後』'01、10月、
                       (株)いしずえ刊)
           原注:シノ=篠


   いかがでしたか?
   では引き続き、先生ならではの御作を……。


                えっこへ
                          小泉 周二
                  えっこよ                                                    
                  二年生んときしゃべんなかったっつうのに                      
                  なんで三年生になったらしゃべるようになったんだ              
                  はじめはおれとにらめっこしかしなかったのが                  
                  「バーガ」                                                  
                  って言うようになって                                        
                  それから一日一日が過ぎていって                              
                  今はぺらぺらしゃべるようになった                            
                  朝                                                          
                  「おはよう」                                                
                  って教室へ入ってくとしがみついてきてはなれなくなっちゃった  
                  さんかん日にいっしょうけんめい                              
                  自分で書いた作文も読んでくれた                              
                  うれしかったよ                                              
                  んでももうお別れだ                                          
                  先生 今度は別のクラスのたんにんになっちゃあ                
                  えっこよ                                                    
                  先生もがんばっから                                          
                  四年生になってもがんばんだかんな                            
                                  (同 書)

   そして……。


                 ぼくの病気へ
                         小泉 周二

                       生まれたときから                        
                       ぼくの目の奥にかくれていたやつ          
                       十五の年に影だけ見せて                  
                       それからずっとぼくをおびえさせてきたやつ
                       ぼくから素敵な人達を遠ざけたやつ        
                       今やっと正体を現した                    
                       ぼくはどんなに待っていただろう          
                       おまえが真正面から向かってくるこの日を  
                       ぼくはおまえとがっぷり四つに組んで      
                       おまえが力つきるまでそうしていてやる    
                            (同 書)





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