No.211 −昭和の短歌−


 
   前々回の「赤ちゃん」と反対に、以前から取り上げたいと思いつつ、そのまとめ方
  に迷い、今日迄、取り上げあぐねてきたのが、今日のテーマです。

   「昭和」は、御存知のように、1926〜1989の間で、「明治」が45年間だったより
  も更に長く、64年間も続きました。
     「明治」はチョンマゲの幕藩体制から近代国家への生みの苦しみを経験しましたが、
  「昭和」もまた、大正デモクラシーの芽を承け継ぎながらも、根なし草のようなモガ
  ・モボ(モダンガール・モダンボーイ)のハイカラ風から、一億一心の戦時色へ一転
  して更に敗戦の後、安保体制をめぐる混乱へ、それが、いつの間にか経済的には米国
  に次ぐと言われる国になって、大正とは、又、一色違う現代風を作り上げるという、
  考えてみれば、相当な変化を示した時代でした。

   この時代を背景に編まれたのが島田修二氏の「昭和の短歌を読む」(1998,2月刊、
  岩波書店)−(岩波セミナーブックスNo.71)でした。

   歌人(うたびと)も人の子、時代の子である訳で、その中で生きた足跡が、同書で
  分析されつつ、紹介されています。

   詳しくは、同書をお読みになるのが早道というものですが、例によっての摘まみ食
  い的な御紹介で、いわば簡約版ご案内という訳です。

   目次は、先ず「T.円寂と混沌」から始まり「U.焦土の豊穣」・「X.復興と継
  承」と展開します。そして、それぞれの時代を代表する歌と、その代表作が紹介され
  て行きます。当然ながら、それらすべての時代に渉って作品を発表して居られる歌人
  も多いのですが、一応、ご登場は一回ずつ。佐々木信綱氏から始まって俵万智氏で終
  わり、その間190ページですから、本来なら、全集とも成り得る内容が、解りやすく
  まとめられていると言えるでしょう。

   私が面白いと思ったのは、掲出の第2作目。

        自然がずんずん体(からだ)の中を通過する
                   ――山、山、山
                                            前田 夕暮

   「いきなり自由律」ですが、これは昭和4年11月28日、作者が始めて飛行機に乗
  った時の歌です。顔にピュウピュウ風が当たって、足下を景色がズンズン飛び去り変
  化して、……。
    今の大型の旅客機とは違って、裸で飛んでいるようなものです。同乗の場合も、足
  の置き場が指定されていて、それ以外の場所を踏みつけると、破れるかも知れない…
  …。という具合の飛行機だったと思います。(コメット型102号機)
     同じ機に、斉藤茂吉も乗っています。

        電信隊浄水池女子大学刑務所射撃場
              塹壕赤羽の鉄橋隅田川品川湾
                         斎藤 茂吉

   如何ですか。短歌の流れを求めて、妙なものに突き当たったようですが、飛行機の
  飛んだコースまで解るのが面白い。
     新しい時代の始まりを象徴するような作品です。

        濁流だ濁流だと叫び流れゆく末は
               泥土か夜明けか知らぬ
                             斎藤 史
                           (ふみ)
   現在もお元気に活躍しておいでの方です。この御作は昭和15年(1940)頃のもの。
  この年には、当時、皇紀2600年の式典やお祭りが行われていました。が、1936年に
  始まった日華事変が先行き不明となり、新たに対米関係も悪化しつつあった頃でもあ
  ります。太平洋戦争の開戦前年です。
     そして、それが現実となります。

        大き骨は先生ならむそのそばに
            小さきあたまの骨あつまれり
                         正田 篠枝

   作者は、1965年原爆症乳癌で死去されています。作品そのものの説明の必要はな
  いと思います。


        かなしみは明るさゆゑにきたりけり
               一本の樹の翳(かげ)らひにけり
                         前 登志夫

   「子午線の繭(まゆ)」の代表的な作品。

        虎杖(いたどり)のにほひを口に感じゐつ
               雪のなか不意にあしがれながら
                         石川 不二子

   お二人とも鮮やかですねぇ。新鮮ですねぇ。こういう抒情は、今迄にはなかったよ
  うな気がしますが、明るさと暗く重いものが常に表と裏のように見えているのが特徴
  のように思われます。
     同じ年代の方なのですが、次は、60年安保の闘争をめぐっての作。

        意思表示せまり声なきこえを背に
              ただ掌の中にマッチ擦るのみ
                         岸上 大作

   彼は当時國學院の学生。後に自殺して居られます。いろいろあったようですが……。

       あの夏の数かぎりなきそしてまた
              たった一つの表情をせよ
                         小野 茂樹

      この歌は、恋の歌でも、あるようです。

        詩歌とは真夏の鏡
            火の額を押し当てて立つ慕るる世界に
                         佐々木 幸綱

   作者については御説明の要はないでしょう。信綱氏のお孫さんであり、現歌壇のリ
  ーダーでもおありです。詩歌はすべてを写すもの、その姿も、流れも、その先も、そ
  のことへの熱い自分の思い。その対比。と、そんなことでしょうか。

   そしてやがて、

        「この味がいいね」と君が言ったから
                七月六日はサラダ記念日
                         俵 万智

   と続くのです。
                おしまい。


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