No.217 −南の樹・北の森−



               樹
                    多田 智満子

              なつめ椰子                                                 
              砂漠にあってもっともみごとな                               
              もっとも賞むべき樹                                         
                                                                         
              裸の幹をすらりと伸ばし                                     
              その頂きに 羽状複葉を茂らせて                             
              「棕櫚の葉をうち振って勝者を迎えた」と                     
              昔の本に記された「棕櫚」とはこの樹のこと                   
                                                                         
              ところで                                                   
              この葉の大きさをご存じか                                   
              一枚の長さ五メートル                                       
              とても片手ではもちあがらない                               
              まして手でうち振るなどは……                               
              (小さい葉なら わたしでも持てよう)                       
                                                                         
              幹の頂き近く                                               
              葉の茂みのすぐ下に                                         
              おびただしい実が生るのだ 扇状に                           
              もりあがり垂れさがって                                     
              たくさんの乳房を垂らしたあの晦い女神のように               
                                                                         
              ―― この木一本あれば ひと家族が飢えないですむのです     
                                                                         
              砂漠の果てで巨人が                                         
              なつめ椰子の葉をうち振っている                             
              東天に昇る太陽を迎えて                                     
                                                                         
                                (「長い川のある国」'01、2月、書肆山田)

   今年5月10日No.199にご紹介させていただいた方の御作です。引用させていた
  だいた御本も同じです。

   南の暑い国の「ジャングル」をテーマにした詩はないかと探していたのですが、
  浅学菲才にして、かつ、時間が間に合わず、大きな「棕櫚」の木で代表していただ
  きました。
   南の暑い国の木は要するに 大きい のです。そして生きていくのにもとても有
  用。

   という訳で、今度は北の国をテーマにした御作を、ということで、シベリアのタ
  イガの一画に足を踏み入れましょう。



                林間にて
                        河邨 文一郎
                       (かわむら)

          黄ばんだ処女林に                                                 
          私たちはふみ入る。                                               
                                                                           
          夜来の雨にしめった下草に                                         
          足音はたちまち、沈む。                                           
                                                                           
          そよとも動かぬ空気の薄明をよこぎって、                       
          ひそやかに木の葉は足もとに散る。                                 
                                                                           
          ふみしめる落葉の下には                                           
          昨年の落葉がひそみ、その下に                                     
          秋ごとに散りしいた                                               
          幾年もの落葉は、ねむる。                                         
                                                                           
          歩みつづけて、私たちは聴く、                                     
          私たちの体重が                                                   
          落葉をふむのを。腐葉土にのめりこみ、そしてふかく                 
          礫層(れきそう)をくぐり、地下水脈をわたり、ふかくふかく         
                                                                           
          始祖鳥や三葉虫の化石の夢をゆするのを、ふかくふかく               
                                                                           
          火圏(かけん)の熱狂に迎えられ、引力のかなたへ、地球の感情の中心へ 
          じーんと沈みゆくその谺(こだま)を……                           
                                                                           
          おお、林の胎(たい)、                                            
          自然の共鳴箱よ。                                                 
                                                                           
          言葉なき饒舌よ。                                                 
          単色の陸離(りくり)たる光彩よ。                                 
                                                                           
          一歩ごとの足あとは                                               
          落葉のうえに印されゆき、                                         
                                                                           
          風、光、                                                         
          そして水、                                                       
          生きとし生けるもの、おしなべて                                   
          存在の記念はかくて刻まれ                                         
          地殻の悠久に抱かれる。                                           
                                                                           
                                                                           
                                          (日露対訳選詩集『無名戦士の墓』
                       00'、5月、青蛾書房)

   作者河邨氏は大変に多才な方で、先ずお医者様で、音楽にも詳しく、札幌冬季オ
  リンピックの「虹と雪のバラード」の作詞者でもいらっしゃる。フィリピン独立の
  志士ホセ・リサールの長詩を翻訳されたり、国際的な文学・音楽の交流団体の役員
  をいくつもしておいでです。
   本職の整形外科医としてのお仕事はいつなさるのか、心配したくなるくらいです
  が、多分ご本人は「全部本職だ」と思っていらっしゃると思います。

   引用した詩も、ロシアの専門の方(詩人)の訳がついているのですから、ロシア語
  のおできになる方のためには、是非原文も引用したいところですが、残念ながらロ
  シア語のソフトもありませんし、ダウンロードできても、みなさん方の所には届け
  られないと思って断念いたしました。興味のおありの方は是非、引用書をご購入く
  ださい。

   余計な注釈が長くなりましたが、作品から受ける印象はいかがでしたか。
   さすがに南と北、空気の温度も匂いもまざまざと違うことが実感なさったことと
  思います。


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