No.232 −新年−
明けましてお芽出とうございます。
今年もどうぞよろしく願い上げます。
年末から、年頭にかけて、私事ながらいろいろあって、一寸、間が開いていました
が、では、早速。
新年の声
天野 忠
これでまあ
七十年生きてきたわけやけど
ほんまに
生きたちゅう正身のとこは
十年ぐらいなもんやろか
いやぁ
とてもそんだけはないやろなあ
七年ぐらいなもんやろか
七年もないやろなあ
五年ぐらいとちがうか
五年の正身………
ふん
それも心細いなあ
ぎりぎりしぼって
正身のとこ
三年………
底の底の方で
正身が呻いた。
――そんなに削るな。
(詩集『私有地』1981年編集工房ノア刊)
作者は京都市中京区の金銀箔置職人の子として生まれ育った方。純粋の町屋の京都
弁をお持ちの方とか(川崎 洋『日本方言詩集』)。体質虚弱で、「寿命がすぐ目の
前に迫っている」ということでいらっしゃったのか、「自作のなかに、自分が到達し
た年齢を、そのたびに書きこまずにはおられない人だった」といいます。
でもまあ、八十四才までの御長命だったようで、そして又、「正身」の濃い人生で
いらっしゃったようです。
多少はお裾分けいただきたいものです。
一月一日
千家 尊福 作詞
上(うえ)真行 作曲
(1893年の官報に発表された)
年の始めの 例(ためし)とて
終りなき世の めでたさを
松竹たてて 門ごとに
祝う今日こそ 楽しけれ
初日のひかり さしいでて
四方(よも)に輝く 今朝の空
君がみかげに 比(たぐ)えつつ
仰ぎ見るこそ 尊とけれ
御覧の方の中には、懐かしい方もおいでかと思いますが、この歌を覚えておいでの
方は、少なくとも60才台の後半ではないかと思います。
そして、そんな方は、次の歌もご存知ではないでしょうか。
トーフの始めは豆ですよ
尾張名古屋の大地震
松竹ひっくり返って大さわぎ
あとの始末はだれがする
或いは、
年の始めにモチ食うて
終りなき世に下痢をして
松竹ひっくり返して大さわぎ
祝う今日こそ悲しけれ
(鳥越 信「子どもの替え歌
傑作集」'98,平凡社)
引用させていただいたのは、上記( )内の御作ですが、『昨日生れたブタの子が』
副題、「戦争中の子どものうた」という御本もあって、それにはCDもついているよ
うです。
もとに戻って、子どもは、昔も今も、周りがかしこまっていると、ついふざけたく
なる生き物で、替え歌が、よく歌われました。
めでたついでに、御紹介したくなった私も、まだ子どもの時間が続いているのかも
知れません。
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