No.262 −女性の句−
先日、たまたま『俳句朝日』誌の11月号を拝見しました。「現代俳句の女性 その
世界」という詩集でした。
最近は、公民館などで行われているものも含め、俳句のグループが極めて多く、し
かも、その会員は四分の三以上が女性で占められているとか。女性の俳句への関心・
参加者の多さは、言挙げするにも及ばない程ですから、特集でなくとも、女性の投句
も秀作も、極めて多いように思われます。
で、前口上はそのくらいにして、その中からの御紹介。
先ず、女性でなくては作れない御作から。
ふところに乳房ある暑さ梅雨ながき
桂 信子
やはらかさ身を月光の中に容れ
桂 信子
末枯やねむりの中に生理くる
寺田 京子
白露や死んでゆく日も帯締めて
三橋 鷹女
男性の俳句といえども、日常の生活や、対人関係の中で、フッと感じたことが句と
して凝結するのですから、同じではあるのですが、その生活の中に、女性ならではの
感覚や体験が、独特な作品を作り出していると感じるのです。女性から見て、男なら
ではと思われる作もあろうかと思いますが、それは、自分に関していうと、意識され
ません。男にとってみれば、当たり前に近いからでしょう。
女性ならでは、と感じる傾向をいくつか整理してみると、
@ 身体に感じる感覚の差(觸覚・匂いなど)
A 人生の受け留め方、生き方への思い
B 日常生活の中での生活感
など、でしょうか。細かく分ければ、もっと多くなるでしょうが、大きく分類して
みると、やはり、上記三つぐらいになってしまうようです。自然の移ろいの感じ方に
しても、思想性や自然観よりも、体感に觸発されての作品の方が断然多いようです。
ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜
桂 信子
揚雲雀空のまん中ここよここよ
正木 ゆう子
外にも出よ觸るるばかりに春の月
中村 汀女
せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ
野沢 節子
そして有名な生活句。
足袋つぐやノラともならず教師妻
杉田 久女
人生の終り頃になると、次のような御作も…。
もう直ぐに参りますよと墓洗ふ
羽生 瑞枝
この御作は、作者百一才の時、とか。
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