No.72 −雲−


              雲の祭日
                    立原 道造

                 羊の雲の過ぎるとき                          
                 蒸気の雲が飛ぶ毎に                          
                 空よ おまへの散らすのは                    
                 白い しいろい絮(わた)の列                
                                                             
                 帆の雲とオルガンの雲 椅子の雲              
                 きえぎえに浮いてゐるのは刷毛(はけ)の雲    
                 空の雲……雲の空よ 青空よ                  
                 ひねもすしいろい波の群れ                    
                                                             
                 ささえもなしに薔薇紅色に                    
                 ふと蒼ざめて死ぬ雲よ 黄昏よ                
                 空の向こうの国ばかり……                    
                                                             
                 また或るときは蒸気の虹にてらされて          
                 真白の鳩は暈(かさ)となる                  
                 雲ははるばる ひもすがら                    
                              (      )  

   人は目先に、なさねばならぬことがある時、空や、流れや、緑を見ません。
  鬱屈した思いの時、所在のない時、何か漠然とした思いの中に漂っているとき、天気
  予報のためでなく、何かを求めているとき、空を見ます。そしてその色や、変幻ただ
  ならぬ雲に感じます。
   詩人は、いつも、何かを感じたくて空を見る。それは、いつも「何か」だから、せ
  こせこした人とは違ったものが見えるのでしょう。

   羊雲は、高積雲の一種。この雲が太陽や月を横切ると、美しい光冠が見えることが
  ある、そうです。それは「黄金の羊」「神の使いの羊」といわれています。
                           (高橋 健司:「空の名前」)


           八月の石にすがりて
                      伊東 静雄

             八月の石にすがりて                        
             さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。              
             わが運命(さだめ)を知りしのち、          
             たれかよくこの烈しき                      
             夏の陽光の中に生きむ。                    
                                                       
             運命(さだめ)? さなり、                
             ああわれら自ら孤寂(こせき)なる発光体なり!  
             白き外部世界なり。                        
                                                       
             見よや、太陽はかしこに                    
             わづかにおのれがためにこそ                
             深く、美しき木蔭をつくれ。                
             われも亦(また)、                        
             雪原に倒れふし、飢ゑにかげりて、          
             青みし狼の目を、                          
             しばし夢みむ。                            
                         (      ) 

   生きものは、その個体ごとに、それぞれの「さだめ」のもとに生きる。それに不満
  を言ってはならぬ。それが、幸多き生き方。なのでしょうけれど、人間は、そうはい
  かない。だから、わざわざ、そう言わざるを得ない悲しい生きものなのです。そして
  だから、「飢ゑにかげ」った「狼」を思わざるを得ない。
   「矛盾的自己同一」などと難しいことは言わないで、そのコトバを味わおうではあ
  りませんか。おいしいお食事をするときに、誰が理屈をいう必要がありましょうか。

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