"This tastes great," you said and so
the sixth of July
our salad anniversary
(俵 万智「言葉の虫めがね」H.11より)
原作が何であるかは、すぐお気付きのこととは思いますが、念のために記しておき
ます。
「この味がいいね」と君が言ったから
七月六日はサラダ記念日
俵 万智
御本人が、翻訳者に言われて、「えっ?」となったのが、My 記念日なのか、Our
記念日なのか、ということだったそうです。
日本語は、そのあたりが曖昧だから、かえって良いのですが、外国語になると、そ
うはいかない、というお話です。
ついでに、同じ部分から、もう一つ引用させていたゞきましょう。
因爲nin説「這個味道不錯」、
所以我把 七月六日號 爲沙拉記念日.
この中国語訳では、はっきり「自分」が決めた、と決めつけています。
御本人は、この中国語訳を、又、日本語に訳して、
「この味よし」と汝言へり
よって我、七月六日をサラダ記念日となす。
といって居られます。中国語を見ると、それが現代文であっても、漢文的な受けと
め方になる、ということなのでしょうか。
大分以前に、外国人の詩を日本語訳した時の、人による違いを御紹介したことがあ
りましたが、ごく最近、それを、もっと本格的におやりになっている方のあることに
気付きました。
岡井 隆さんの「詩歌の近代」(岩波書店 '99,3月刊)です。その107頁から、「訳
詩を読む」という部分があるのです。主たるテーマは、T.S.エリオットの「荒地」の
冒頭の部分と、ブラウニングの「ピパの歌。」というより「海潮音」で「春の朝」と
して訳出されていたもの。
そこで、「海潮音」の有名な部分を皆さんご存じではありましょうが、先ず…。
春の朝
作:ブラウニング
訳:上 田 敏
時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這(は)ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
岡井さんのこの御作で、この詩が劇詩「ピッパは過ぎ行く」というドラマの中の、
殺人事件の起こった場面で、それと知らずピッパが「無邪気に声も清らかに謳」った
のが、この詩の部分「ピパの歌」なんだそうで、これ又、「えっ、そうだったの!」 という大発見でした。(詳しくは同書 P.124.125 をどうぞ)
ところで、この原詩は、岩波文庫の平井正穂編;「イギリス名詩選」によると、
Pippa's Song
The year's at the spring
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in his heaven--
All's right with the world!
で、「日本近代文学大系52 明治大正訳詩集」には、今までになされてきた多くの
研究・考察が述べられているようですが、今日は、上記編者の平井正穂訳を、付記し
ておくだけにしましょう。
ピッパの歌
歳はめぐり、春はきたり、
日はめぐり、朝きたる。
今、朝の7時、
山辺に真珠の露煌(きらめ)く
雲雀、青空を翔け、
蝸牛、棘(いばら)の上を這う。
神、天にいまし給い、
地にはただ平和!
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