No.121 −風−



             秋風頌
                     大木 惇夫
                       (あつお)
               貝の涙が眞珠とは                          
               いつの世たれか言ひそめし、                
               けふ、犬吠に来てみれば、                  
               あまりけ寒き入日ゆゑ、                    
               貝にはあらぬわが涙                        
               凝って眞珠と光るなり。                    
                                                         
               おもへば熱き夏の日の                      
               暁鶏館の晝さがり                          
               濱撫子をつみとりて                        
               くれなゐ薄き花ながら                      
               髪にかざしてほヽゑみて、                  
               うらはずかしき君なりき。                  
                                                         
               けふ、この濱に来てみれば、                
               ながめわびしくなりはてヽ                  
               たヾ荒波の吼ゆるのみ                      
               ほのかに白き燈臺と                        
               岩につきたる牡蠣殻と、                    
               たヾ秋風に残るのみ。                      
                            (「カミツレ之花」昭9)

   夏の盛りに、敗戦記念を思い、甲子園の結果にやきもきして(全然、関係ないよ、
  という方もおいででしょうが…)いるうちに、お盆の時期も過ぎると急に夏休みも後
  がない!という感じになるのは、生徒ばかりではありません。
     気がつけば秋の風、という感じで、秋の風特集です。


                秋
                        西脇 順三郎

                      タイフーンの吹いている朝                   
                      近所の店へ行って                           
                      あの黄色い外国製の鉛筆を買った             
                      扇のように軽い鉛筆だ                       
                      あのやわらかい木                             
                      けずった木屑を燃やすと                     
                      バラモンのにおいがする                     
                      門をとじて思うのだ                         
                      明朝はもう秋だ                             
                                 (「近代の寓話」昭28)


   以上の作品は明らかに「秋」直前の、又は「あ、秋だ!」と思ったときの作品でし
  たが、それよりほんのちょっと前の時期の作品の中に、旧友の(本人はもう覚えてい
  ないかも知れませんが)作品がありましたので、ついでに御紹介。

                風
                        片桐 ユズル

                      風がとおっていく                          
                      海と山のあいだを                          
                      風がとおっていく                          
                      のは大地の呼吸                            
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      髪と首すじのあいだを                      
                      風がとおっていく                          
                      草をなでながら                            
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      肌と着物のあいだを                        
                      風がとおっていく                          
                      のはとってもいいきもち                    
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      くちびるのすきまを                        
                      風がとおっていく                          
                      うたとなりながら                          
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      スクラムのうでのあいだを                  
                      風がとおっていく                          
                      ほこりをまきおこしながら                  
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      ことばと行為のあいだを                    
                      風がとおっていく                          
                      うたをまきおこしながら                    
                                                                
                      風がとおっていく                          
                      夜と朝のあいだを                          
                      風がとおっていく                          
                      のは生きているしるし                      
                              (「片桐ユズル詩集」・昭45)

   若き日、専門の分野を越えた学生の集まった研究会で、純粋で、しなやかで、一生
  懸命だった姿を思い出しました。

                以上三編とも「風の詩集」(三木 卓・川口 晴美編、
                筑摩書房刊)より

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